2023年1月12日木曜日
「ののととーこ(仮)2」
猫と人間の不思議なおはなし
タイトル「ののととーこ(仮)」(第二校)
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とーこが猫を飼いました。
猫の里親になりました。
猫に名前はなく、「c3020」という番号でした。
これは、とーことc3020との不思議なおはなしです。
ある日、とーこは猫を迎えに行きました。
駅に着くと、小学生の男の子が子猫をむき出しで肩に抱えていました。
「はい」
男の子は無造作に猫を渡しました。
あっさり男の子が帰ろうとした瞬間に、猫は「ニャ」とだけ小さく鳴きました。
とーこは、きっと男の子への「ありがとう」なんだと思いました。
「いい子だね」
それから電車で2時間、家についても猫は1度も鳴きませんでした。
翌日から猫は元気に走り回り、ニャーニャー元気に鳴き、飛び回りました。
とーこと猫のものがたりのはじまりです。
まったくその猫は食べ物にいやしくて、生ゴミを漁るのが日課です。
そして、まんまるのお目目は、可愛すぎていっつもキョトンとしているように見えました。
みんな笑顔で言いました。
「おバカなところが可愛いね」
くるんくるんのお目目の猫は「のの」と名付けられました。
とーこにとってののはおバカなんかじゃありませんでした。
悲しい時、苦しい時、すぐに感じ取って擦り寄り、お腹をさらけ出して
「大丈夫? モフモフしていいよ」
とーこはのののお腹の毛皮をしゅーっと吸って、いつも癒されていました。
飼い主の心をののは熟知していました。
「滅私」という言葉があります。自分のことは二の次で、ほかの誰かに尽くすことです。
ののは「滅私」「メッシ」ーーーこの表現がぴったりな猫でした。
とーこは心の底からののを愛しました。キスを教えました。
ののは心の底からとーこを愛しました。キスのお返しを覚えました。
ふたりはいっつもキスしてました。
二人には、言葉にしない内緒の約束がありました。
「死ぬときは一緒だよ」
言霊という言葉があります。言葉にして口にすると、その言葉に命が宿ってしまうかもしれません。とーこはののに対して「死」という言葉を絶対に一度も声に出しませんでした。
ののが来る前、とーこの心は壊れかけていました。
ののが来るまで、とーこはとても苦しんでいました。
ののは「知ってるニャ! 僕の毛皮を吸って、僕の健康を吸うといい」
ののは、愛くるしいお目目でとーこを見つめ、
「とーこ、どこが苦しいの? ぼくだけは分かってあげるよ」
「とーこ、大丈夫?」
「とーこ? とーこ!」
いつも話かけ、心配していました。
それは、ののととーこだけの、誰も知らない日々でした。
ほかの人がいるときは「おバカさんね」とはしゃいでいるけれど、とーこだけには完璧に鋭い猫でした。愛し、愛され、それはシチューのようにあったかくとろけるような「愛」になりました。
長い、長い時間が流れました。いろんなことがありました。とーこは結婚したり離婚したり。
ののは「まったく…」と思いながら、とーこにだけ、あらゆる自分の力を使いました。
「にゃおん! ぼくがいるよ」
2人は毎日毎日とっても楽しかったのです。
ののに死期が訪れました。
病院の先生は「この子はもう分かっていますよ」としか言いませんでした。
16年が過ぎたの10月のある夜、ののはとーこの腕の中で呼吸を細くするように、だんだん、だんだん、ゆっくりと息を消していきました。
完全に息が止まったあと、とーこの時間と空間は、不思議な世界にワープしました。
とーこは、動かなくなった、ののの首根っこをひょいと持ち上げました。
おかしなことに、なんととーこは笑ったのです。
「くすくす」
「こわれたおもちゃみたいじゃない」
とーこはなぜかゴキゲンに鼻歌を歌い出し、ののをお風呂に入れました。
体をきれいに洗って、シャンプーだけじゃなくリンスもして、いい香り。
お風呂の中の蒸気は幸せに満ちてました。幸せのミストをとーこはたっぷり吸いました。この時間が永遠に続けばいいと思っていました。
毛皮を乾かして、ブラッシングしてふわふわの毛皮に戻して、箱に入れました。箱の中には保冷剤を入れました。大好きなおやつも入れました。
「お花を入れなきゃ」
とーこはお花屋さんに行きました。
お花を選んでいると、お花屋さんの女の子が
「どなたにあげるお花ですか?」
「……」
「もしかして、お悔やみですか?」
とーこは「あ…はい…でも人間ではないので…あの、その」
女の子は「犬ですか?猫ですか?」「オスですか?メスですか?」「ねんれいはいくつですか?」
矢継ぎ早に聞いてきました。その瞬間、とーこは泣き崩れました。自分より10歳以上年下の女の子に抱きしめられ、わんわん泣きました。とーこはそのときだけワープしていた神秘の世界から帰されました。
買ったお花は、ののの元気な時のイメージのビタミンカラーのお花たち。赤、黄色、オレンジ…。
とーこは家に帰って箱にお花をたっぷり敷き詰めました。ののの表情はまるで笑いながら寝ているようでした。
ののは埋葬され、夜のトラックから煙が上がりました。お骨になってもののは可愛かったのです。
とーこは、どうしてののが死んだ時、不謹慎にも笑ったのか、不思議で仕方ありませんでした。泣きじゃくって、「私も死ぬ!」と言い出すんじゃないかとずっと思っていました。死んだ猫を抱いて鼻歌を歌うなんて信じられませんでした。でも、どうしてなのか、答えは分かりませんでした。
本来なら狂ってしまう。愛してやまない存在が消えたのに、その後の毎日も幸せでした。
まるで柔らかいベールに包んでいられるようでした。そんな幸せでふわふわな日々が3ヶ月ほど続きました。「ずっと続くといいな」と思いましたが、さすがにだんだんベールは薄れてゆき、いつもの、ちょっとしたことで傷つく日々が戻ってきました。
それでも、ののが呼吸をやめたあと、本来なら壊れてしまうはずのとーこの心を、ののはケアをしました。
「死んだら死にっぱなしじゃない。僕の死からとーこを守るんだ」。ののは最後の力を死後に残していたのでした。
とーことののが濃密で、深い愛に包まれていたことは、マンションの一室だけのことなので、ほかの誰も知りません。ののの不思議な力も、とーこにだけ向けられたものなので、ほかの人は知りません。まるでそんな愛があったのかどうか、それさえ、他に誰も知らないのだからわからないのです。
c3020はそれでよかったのかもしれません。
たくさんの人に愛されたり、撫でられたり、「いいこだね」と言われたりすることに興味がありませんでした。とーこだけを愛して、愛して、愛し抜きました。
とーこもそれを分かって、ののだけを、大事に大事に、何よりも大切に愛し抜きました。
最近、とーこはお仕事に行くとき、お空に向かって
「おーいのの、今日もとーこ頑張るよ」と毎日話しかけています。
とーこの心はお空と繋がります。
誰も知らない、不思議な愛の物語が世界のどこかにありました。
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※猫とのキスの絵は口ではなく鼻チューにする
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